2026.04.14
都心の木造×RCに挑む: "平面混構造"オフィスの設計施工
目次
「この敷地条件で、木を使うことはできるのか。」
取材の最初に話題に上がったのは、東京都渋谷区宇田川町という立地が持つ率直な難しさだった。防火地域であること、前面道路が限られること。都市部では珍しくない条件かもしれないが、ひとつひとつが設計・施工の判断に効いてくる。
本記事では、不動産事業部(熊野さん・三科さん)と設計部(北條さん・成富さん)への取材をもとに、社内に蓄積された専門知見も踏まえながら、宇田川町プロジェクトの意思決定と工夫をたどる。
このプロジェクトは、不動産事業部と設計部を中心に、複数の関係者が連携しながら進められた。「簡単ではない」を前提にしながらも議論が止まらなかったのは、「東急建設らしさを、建物として形にしたい」という思いが、部門を越えて共有されていたからだ。

写真左から:不動産事業部 三科さん、不動産事業部 熊野さん、設計部 成富さん、設計部 北條さん
「東急建設らしさ」を、建物でどう表すか
計画検討が動き始めたのは遡ること2021年。不動産事業部として、築年数を重ねた建物を更新し、新しい形で事業化する必要があった。
検討の軸になったのが、長期経営計画で掲げる「脱炭素」「廃棄物ゼロ」「防災・減災」の3つだ。これらを、この建物でどう表現できるか――議論はそこから始まった。
当初は省エネ性能を高めたビルも視野に入れつつ、工事段階のCO2削減にもつながる木造の特性や、今後推進していきたい事業領域との親和性を踏まえ、木造の採用が現実的な選択肢として浮かび上がっていった。
(熊野さん/不動産)
「企画段階で求められたのは、"単なる更新"ではなく『東急建設らしい建物』を形にすることでした。そこをどう表現するか、考えていきました。
都心で木造を成立させるために―混構造という判断
木造の検討が本格化したのは、設計の基本計画段階――ゾーニングと構造形式を定めていく比較的早いタイミングだった。当初想定していたRC造+一部S造から、木造を取り入れる方向へ舵を切りつつも、構造は「全面木造」に固定せず、条件に合わせた成立のさせ方を探っていった。
判断を左右したのは、都心ならではの制約だ。前面道路が限られ、搬入できる部材の長さにも制約がある。木造でスパンを組むと柱が増えやすく、オフィスのレイアウトにも影響が出る。「どこまで木を採用するか」は、設計と不動産が何度も調整しながら詰めていったポイントだった。
その結果たどり着いたのが、木造とRC造を組み合わせた「混構造」だ。適材適所で素材の役割を分けることで、使い勝手と挑戦を両立する形を探った。なお本計画は、平面上で木造とRC造の領域を分けて成立させる「平面混構造」として組み立てている。
(北條さん/設計)
「都心は、狭小だったり搬入条件が悪かったり、地型が悪かったり、結構"建てるのが大変"な条件が重なっている場所が多いんです。そういうところでも、工夫すれば木造を使っていける--その"ひとつの案"を提示できたことに意義があると思います。」

南東角に「木」を集めた理由―見せ方と使いやすさの両立
木造部分が配置されたのは、敷地の南東側。井の頭通り側から見て視線が集まりやすい場所であり、「木を使っていること」が外からも伝わる構成を狙った。
意匠性の高いポイントを示したいという事業側の意図と、木の採用範囲を整理したい設計側の条件が、ここで交差した。
一方で、オフィスとしての使い勝手も重要な検討要素だった。木造に寄せすぎると柱が増えやすく、レイアウトに制約が生じる可能性がある。そこで、木の採用範囲を整理しながら、空間の価値と実用性のバランスを取っていった。
「木をどこに置くか」は、見た目だけで決まる話ではない。借り手が使いやすいこと、建物として無理なく成立すること。その両立を前提に、設計と不動産が互いの条件を持ち寄り、着地点を探っていったプロセスが、ここに詰まっている。
防火・搬入・審査―都心条件を前提に、成立させるための調整を重ねる
防火地域で木材を使うには、耐火性能を満たすことが前提になる。今回の計画では耐火木材(モクタスWOOD)を採用し、まずその条件をクリアした。
もう一つの大きな前提が、搬入条件だ。前面道路が限られる現場では、搬入できる部材寸法の範囲で柱・梁の計画を成立させる必要がある。スパンや階高といった基本条件も、現場で実現可能な寸法から逆算し、計画に反映させた。
混構造の計画では、木造とRC造が交わる部分の納まりが要点になる。木造とRC造の取り合い、デッキスラブと柱の関係、内装制限への対応など、論点を洗い出したうえで、関係者や審査機関と確認を重ねながら整理していった。
標準的な構造の「型」に当てはめるのではなく、この敷地条件のなかで矛盾が出ない形に組み立てる。都心で木造×RC造を実装するための調整は、設計の初期から計画全体に織り込まれていた。
商品価値としての木造―賃料・リーシング・環境認証
木造の採用は、意匠面だけでなく、事業面でも一定の意味を持つ結果となった。
本計画では、賃貸をワンフロア単位で設定しているが、木造空間をひとつの付加価値として位置づけ、その価値が伝わる形で賃料水準を検討していった。結果として、木を用いた空間性や環境配慮の姿勢が評価され、想定した水準でのリーシングにつながったという。
(三科さん/不動産)
「コストは、間違いなく乗ってくる話になります。だからこそ、いかに良いものを作って、その価値をきちんと伝えて、賃料に反映していくか――そこが、我々の大事なところですね。」
実際、リーシングの進捗は想定よりも早く、結果として早期に満床となった。木造そのものが直接的な理由とは言い切れないものの、空間の質や建物のストーリーが、評価の一要素として機能した手応えがあったという。
また、環境認証(DBJグリーンビルディング)の申請においても、木材の活用は評価要素の一つとなった。木造を適切に取り入れている点が評価され、評価を押し上げる要素になったという。
"使うだけ"ではなく「ちゃんとした木を使う」―認証材という考え方
この建物では、柱・梁に森林認証材を採用している。
認証材は、見た目を大きく変えるものではない。コストや手間が増える側面もある。それでも今回重視したのは、「持続可能な森林からの材料であること」と「調達の経路を追えること」だった。
木を使うこと自体が目的ではない。木材の背景にある林業や循環の文脈まで含めて、由来が確認できる材料を確実に使う――その考え方が、プロジェクトの前提として共有されていた。
(北條さん/設計)
「"木を使うこと"だけが良いことではなくて。その先の林業や循環社会につながる背景も含めて、認証やトレーサビリティが取れているところから材料が入ってきて、確実に使われていることが大事だと思っています。」
加えて本プロジェクトでは、認証材の調達・管理(トレーサビリティの担保)をプロジェクト全体で行いながら、事業主側の立場も含めて東急建設が主体的に認証取得に関与した。結果として、認証は不動産事業部名義で取得しつつ、ゼネコンが主導して取得プロセスと管理運用まで組み立てた点が当時としては国内でも珍しく、ゼネコンが事業主となる物件としては国内初事例であった。
混構造が組織に残した"再現可能な知見"―次の案件へ引き継ぐもの
このプロジェクトは、社内にとって"学びが見える"案件だった。竣工前後には複数回の見学機会を設け、社内外の関係者に向けて、混構造の要点や工夫を共有している。
特に施工中は、構造材が見えるタイミングを活かして、納まりや工程を具体的に示しながら説明し、施工過程で得た改善点も資料として残した。経験を「その場の対応」で終わらせず、次に使える形へ整理した点が大きい。
事業側では、木を前提とした「貸方基準」づくりが重要なテーマになった。木部に穴を開けない取り決め、経年変化の見立て、契約書面での明文化など、関係者と相談しながら運用ルールとして整えた。建物の価値を守りながら、長期運用に耐える形へ落とし込んだことが、次の案件にも生きる。
設計側では、設備計画との整合が初期段階から重要になることが、実感として残った。梁貫通を設けない判断や見せ方の整理など、意匠性と成立条件を同時に満たすためには、関係者とのすり合わせを前倒しで行う必要がある。
(成富さん/設計)
「難しかったのは設備の配置ですね。梁貫通を設けない判断もあって、見せ方と意匠性とのバランスも含めて調整が必要でした。だからこそ、計画の初期段階から設備ともよくすり合わせて進めた方がいいと思います。
混構造は、単に材料を組み合わせるだけでは成立しない。設計・施工・運用の各局面で「どこが論点になりやすいか」を把握し、先回りして条件を整える必要がある。本件で得た知見は、その論点を可視化し、部門を越えて共有できる形にしたという点で、組織の資産になった。
都心の制約下で木造×RC造を実装した経験を、次の現場で"再現可能な打ち手"として使える状態にする。宇田川町プロジェクトの挑戦が残した最大の成果は、まさにそこにある。

さいごに|難しいからこそ、同じ方向を向けた
都市部の狭小地、防火、搬入、審査。条件が厳しくなるほど、前提の整理や合意形成に時間がかかり、「成立させるには何を優先するか」がよりシビアに問われる。宇田川町プロジェクトでも、こうした論点は企画の初期段階から意識的に整理されていた。
それでもこのプロジェクトでは、議論を止めず、条件を一つずつほどきながら成立の形を探っていった。立場が違えば見ている景色は異なるが、目的をそろえ、判断材料をそろえ、決めるべきところを決めていく--その積み重ねが、木造×RCの混構造というかたちに結実している。
「この敷地条件で、木を使うことはできるのか。」
この問いに対して宇田川町プロジェクトが示したのは、派手な"唯一解"ではない。都心の制約を前提に、木を活かす範囲と方法を見極め、設計・施工・運用まで含めて成立条件を整える――そのための判断と調整のプロセスそのものだ。
本プロジェクトで積み上げた学びは、次の現場の検討精度を確実に引き上げる。都心で木造×RC造に取り組むための"判断と調整の型"は、ここでひとつの形になった。