東急建設

WOOD TREND!

技術と制度の整備を経て、木造・木質建築はいま新たな段階に入りつつある。
東京大学・井上教授が語る、普及を左右する次の論点とは何か。

東京大学農学部キャンパス フードサイエンス棟・中島董一郎記念ホールにてインタビューに応じる井上教授。

これからの主戦場は ファイナンスとマーケティング

木材利用は、建築の話にとどまらず、林業から都市空間までを貫く社会システムの問題です。そのなかでいま私は、木造・木質建築が第三フェーズに入ったと考えています。これまでの約10年間は、技術開発と制度改革が中心でした。2010年の木材利用促進法以降、耐火・耐震技術の開発が進み、「木でも大丈夫だ」という社会的理解をつくることが重視されました。建築基準の見直しなど、制度面の整備も行われてきました。しかし、普及のボトルネックは次の段階へ移りつつあります。木造建築を本格的に普及するには、木促法の改正が示すように、民間を含め、建築物一般に木造を展開していく必要があります。公共建築だけでは、どれほど努力しても年間2百万㎥程度の木材需要にしかなりません。日本全体では年間7千〜8千万㎥を使っているわけですから、公共建築は起爆剤にはなっても、十分な量をまかなうことはできないのです。民間に木造が広がるために何が必要か。それは資金調達とマーケティングです。つまり、銀行が安心して融資できる収益性の説明と、消費者が選びたくなる価値の提示。この二つを押さえた者が、これからの木造・木質建築の主役になると私は考えています。

リニューアル後の戸越銀座駅。多摩産材を約120m³使用し、鉄骨造に比べ建設段階のCO₂排出を約100t削減。さらに木材による炭素固定化で約70tのCO₂削減に寄与した。
ホーム屋根に採用された木造シザーストラス構造。小部材を組み合わせたダイナミックな架構が特徴。

経済と環境の両立を設計する 普及のためのエビデンス

金融と市場を動かすには、経済だけでも環境だけでも足りません。私はその両立を、経済・環境・社会の三つの観点から検証してきました。例えば、戸越銀座駅の木造化では、産業連関分析によって経済効果を検証しました。駅舎に使われた多摩産材は、都内の製材・加工能力が限られるため、福島県に送られて加工されています。このプロセスを分析すると、木造化による最終需要額は約1千3百万円、生産誘発額は3千万円超に達し、多摩産材利用による経済波及効果は東京都外にも広がり、都内の約二倍にのぼることが明らかになっています。

一方で、環境に関して私が強調したいのは、単に環境のために頑張れと言っても人は動かないという点です。車の燃費を例に考えると分かりやすいでしょう。人は環境のために燃費計算をしているわけではありません。少しでも得をしたいから計算しているのです。しかし結果として、それが環境負荷の低減につながっています。同じことが社会の仕組みづくりにも言えます。経済的なメリットと環境的なメリットを同時に実現する設計を行うことが重要なのです。これが私の言う環境効率の考え方です。

東京大学農学部キャンパスの入口に佇む農正門。
農正門の門扉。2003年の改修時に、樹齢数百年の木曽檜が用いられた。

収益性が普及を動かす 賃料プレミアと金融の論理

民間建築の普及を考えるとき、重要なのは収益性です。銀行は「環境に良い」という理由だけでは融資をしてくれません。きちんと収益が上がるかどうかが判断基準になります。そこで私たちは、木造や木質内装がどれだけ収益性を生むのかを検証してきました。

調査では、木造であるだけで賃料は平均5.2%、木質内装では約5.4%のプレミアムが示されています。さらに実際の建物で検証した事例では、木質化したフロアの家賃が約9%高く設定できたケースもあります。これは、木質空間に対して一定のプレミアムが成立することを示す結果といえます。

賃料収入が増えれば収益性が向上し、融資条件の改善にもつながります。建物の収益性、つまり年利回りを高めるには、収入を増やすと同時に支出を抑える必要があります。そして支出の大部分を占めるのがローン返済です。1年間のローン返済額を減らすには、借入額を縮小すること、利率を下げること、そして返済期間を長くすることが重要になります。建物の耐久性が評価され、収益性が裏付けられれば、金融機関はより低い利率で長期融資を行いやすくなります。

さらに近年は、若い世代の価値観の変化も追い風になっています。彼らは「モノ」よりも「コト」、つまり体験や時間の使い方により大きな価値を見出します。木に囲まれた空間で暮らすこと自体が、情緒的な魅力として評価されるのです。定量化できる部分はデータで示し、定量化できない部分は心理的価値として伝える。この両輪が金融と市場を動かす鍵になるのです。

インタビューで熱く語る井上教授。

東京大学 大学院農学生命科学研究科

井上 雅文 教授

プロフィール

木質構造家。 農学博士。京都大学農学研究科博士課程林産工学専攻修了。日本学術振興会特別研究員、京都大学助手、東京大学助教授・准教授を経て、東京大学教授に就任。この間、内閣府上席調査官、大建工業株式会社監査役、農林漁業信用基金運営委員長などを歴任。