立教大学 19号館
研究室整備を起点に動き出した計画は、環境学部の理念を体現する木造研究室棟へと発展した。なぜ木造が選ばれたのか。その背景と実現のプロセスを追う。
研究室需要と設計提案が重なって生まれた計画
立教大学では、教育研究体制の拡充に伴って研究室をどのように確保するかが課題となっていた。また、環境学部の新設に伴い、教育研究を支える場も新たに必要となった。こうした状況を受け、既存施設の改修だけでは必要な諸室を十分に賄えないと判断し、新たな研究室棟を建てる方針が固まった。
一方で、建物の構造形式については、当初から木造を前提としていたわけではない。計画を進めている時期には建設業界全体の繁忙が続いており、設計者の確保自体も容易ではなかったという。そうしたなかで日本設計が候補に挙がり、同社から木造案が示されたのだ。背景には、木造の推進を後押しする社会的な流れと、それを設計事務所として具体的な建築に結びつけていこうとする日本設計側の姿勢があった。初等中等教育施設で3階建ての木造に取り組んできた経験も、今回の提案を下支えしていた。
大学にとっても、環境学部の拠点施設をどのような建築として示すかは重要な論点であった。立教学院施設課の安部さんは、「環境学部の建物として、木造建築は非常に親和性が高いという認識が学内にありました」と振り返る。
こうして研究室整備として動き始めた計画は、検討を重ねるなかで、環境学部の理念を建築として表す計画へと性格を広げていった。
木を感じる空間と用途に即した計画
計画に与えられた条件は、三階建て・延床約1000㎡の規模のなかで必要な研究室数を確保することであった。重視したのは、環境学部の建物として木をしっかり感じられる建築にすることである。設計を担当した森さんは、「内装は、柱や梁などの木部をできるだけ多く現しで見せていきたいと考えました。先生方や学生たちが実際に手に触れ、木を感じられる建物にすることを大切にしました」と振り返る。
一方で、設計側には、木造建築を普及させるためには標準化が欠かせないという考えもあった。同社は国土交通省の中大木造建築普及加速化プロジェクトに参画し、木造四階建て事務所の標準的な構法を検討してきた経緯がある。そうした検討が研究室棟という比較的明快な用途と重なり、今回の設計提案の下地となっている。木を感じられる建築をめざすこと、標準化された木造建築を実装すること。その二つの狙いが、研究室棟という用途のなかで無理なく重なり合った点に、この計画の特徴がある。加えてこの建物には、西池袋通りに面する建物意匠の統一性・連続性を踏まえ、立教大学らしい意匠性を受け継ぎながら、新しい表情をつくる役割も託されていた。
市松の耐力壁と木造建築を成立させる混構造
市松状に配置された耐力壁は、この建物の特徴を端的に示している。東西側立面では、耐力壁が入る部分を外壁で覆い、それ以外の部分を開口としているため、壁と窓が交互に現れる構成になっている。これは意匠上の操作ではなく、構造的な合理性から導かれたもので、森さんは、「市松状の配置は、構造的に非常に合理的であり、それが意匠とも重なっています」と語り、安部さんも「壁全体がラチスのように働きます」と補足する。研究室が連続する建物の規模や用途も、市松状の構成を成立させやすい条件だったという。構造上の合理性が、そのまま立面の表情に現れているのである。
ただし、この建物は木造だけで完結しているわけではない。床スラブにはRCを採用し、外壁下地や庇の支持には鉄骨も組み合わせている。研究室用途では遮音性能が重視され、木床よりもRCスラブの方が確実だったためだ。加えて、耐火建築物として成立させるには、木を見せる部分と被覆する部分を整理しながら設計を進める必要があった。木造にRCや鉄骨を組み合わせたことで調整は複雑になったが、その積み重ねが、この建物の木造らしさを支えている。
法規整理、複雑な取り合い、厳しい施工条件
計画を具体化する過程では、法規や施工の面でも多くの調整が求められた。森さんによれば、木造をめぐっては法的な整理が難しい部分もあり、確認審査機関との協議に加え、国土交通省とも相談を重ねながら設計を進めたという。設計初期には延焼防止建築物として成立させる案も検討されたが、スプリンクラーの設置など、小規模施設には負担の大きい条件が伴い、採用は見送られた。
また、この建物は木、RC、鉄骨が交錯する構成であったため、各部の取り合いや工程調整には綿密な対応が求められた。施工者の確保も容易ではなく、工事は木造建築にも知見を持つ東急建設が担ったが、それでも木構造を含む詳細な検討には時間を要し、終盤は工程面でも緊張感の高い局面が続いた。敷地が狭く、歩行者動線を確保しながら工事を進める必要があったことも、現場運営の難しさをいっそう高めたという。
さらに、木を現しで見せながら耐火建築物として成立させるには、見えない部分で細かな整理を積み重ねる必要があった。こうした幾重もの調整が、この建物の実現を支えていた。
木造とNearly ZEBが示す 立教大学の姿勢
環境学部の拠点として整備されたこの建物は、研究室を確保するためだけの施設ではない。木造を採用し、あわせてNearly ZEBを取得したことで、大学が環境配慮型の施設整備にどう向き合おうとしているのかを、建築そのもので示す存在となった。安部さんは、「木造建築なので、脱炭素社会に向けた取り組みという意味では、大学として先陣を切っていく建物になると思います」と語る。2026年3月時点で、公表されているZEB事例では、東京都内の大学施設で木造かつNearly ZEB認証を受けた事例は確認されておらず、その点でも先行性を備えた建物といえる。大学にとっても初の試みであり、この建物を積極的に発信していく考えだ。
一方で、この建物の意義は性能を数値で示すことだけにとどまらない。木の香りに触れる良さもあり、内覧した関係者からは落ち着きや温かさを感じるという声も聞かれた。性能を数値で示すだけでなく、木の素材感や空間の印象を通して環境を伝える点に、この建物の意義がある。規模は決して大きくないが、環境学部の理念を日々の感覚にまで引き寄せて伝える建築として結実している。
